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~時の交叉路~

小さな囁きと共に  誰かに届くように  そっと置いてみる    

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  • 【水の泡】
     退院の日。
     私は、花束を病院のそばの海に投げた。
     花束は、海に飲まれるように波間に消えていく。
     ―――――ザン ザザ――ン
     波は、静かに響く。
     遠い夢を思い出すように・・・。
     
     コポポッ
     ―――― カ・・イ・・――――
     誰かの呼ぶ声が聞こえた気がした。


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    15歳・冬

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  • 【バイバイ】02
    文字数:1147文字
     ナイフは僕にはあたらなかった。
     「行かないでほしかった」
     深織が泣いているのかと思った。
     「どこにも行かないって言っただろ」
     顔を上げた深織は泣いてなかった。
     「戻っていいよ」
     一瞬、深織が遠くに見えた。
     「深織?」
     行かないって言っているのに。
     「気がついてるんでしょ?」
     僕の目をそらさずに、じっと見つめる。
     「何を?」
     深織の言っていることがわからない・・・
     ―――キィィ――――ン
     頭が、痛む。
     なんでこんなときに・・・
     「ほら、呼んでる」
     誰が?
     ――――――マ・・・・・・ミ・・・・・・――――
     人の声?
     「聞こえるでしょ?」
     
     ―――― マ ・ サ ・ ミ ――――――
     
     まさみ?
     「誰のこと?知らない」
     誰の名前?
     「思い出したくないの?」
     記憶の中に、そんな名前があったような・・・。
     「あなたの名前よ」
     え?
     私の?
     ――――――――――!!
     ・ ・ ・
     わたし?
     「王子様のふりをする必要なんかないのよ」 
     深織は静かに私を見つめる。
     「だって、あなたは女の子だから」
     あ・・・
     記憶が、つながる。
     私は記憶を失っていたんじゃなくて、消していたんだ。
     そして深織は、私の――
     「もう大丈夫でしょ?」
     深織が笑って、そう言った。
     深織は、最初から知っていた?
     涙の雫が落ちる。
     「深織、ごめん・・・」
     私は、戻らなきゃいけない。
     ゆっくりと進む時が、ずーと続けばよかったのかもしれない。
     「うん。わかってる」
     深織の姿がかすむ。
     静かな時は、これでおしまい。
     「でも、私がいなくなったら、ここは?」
     深織は、わかっているの?
     身体が、水の中のように重くなる。
     「ここは、最初からあるはずのない世界だったのよ」
     少し悲しげに答える深織。
     記憶が元に戻った私はもう、ここにいることは出来ない。
     「バイバイ、深織。楽しかった」
     ゆっくりと身体が沈んでゆく。
     深織の姿が、水の泡になって溶けてゆく。
     そう、まるで『人魚姫』のように・・・。
     
     コポ  コポポッ
     水の音が響く。
      
     ―――――― バイバイ  カイ ―――
     
     
     魔法が解ける。
     ウィザード魔法使いがかけた魔法。
     『記憶と引き換えに、永遠の夢・・・・を見せてあげよう
       ただし・・・・・―――
      記憶が戻れば、すべてが元に戻ってしまう』
     
     
     ――――――――――!!
     目が覚めた。
     誰かが、私を覗きこんでいる。
     「雅深まさみ!!目が覚めたの」
     私の名前を叫んでいるのは?
     「お母さん?」
     なんだか懐かしい声。

     ここは?
     白い天井が見える。
     あたりを見まわしてみる。
     壁も白い。
     病院?
     「私、何でこんなところに?」
     「崖から落ちたのよ。覚えてる?」
     崖?
     そういえば・・ 
     「あなた、3ヶ月も眠っていたのよ」
     3ヶ月?
     そんなに・・・。
     なんだか長い夢を見てたような?
     「 医師せんせい を呼んでくるから待っててね」
     お母さんは病室から出ていった。
     開いた窓から、波の音が聞こえる。
     
     ―――――ザア――ン ザザッン ――――――
     どうしてだろう?
     波の音が懐かしい。

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  • 【バイバイ】01
    文字数:868文字
     バシャン パシャ
     水がはねる。
     その中に深織がいる。
     深織は今日も、海で泳いでいる。
     それを浜辺で見ている僕。
     綺麗な深織。
     水が深織の周りでキラめく。
     やさしい時間が、ゆっくりと進んでゆく。
     
     「カ――イ」
     深織が、海から上がってきた。
     「何ボーとしてるの?」
     クリンとした大きな目で僕をのぞき込む。
     「別になんでもないよ」
     「そう?」
     深織は、髪を拭きはじめる。
     「もう戻ろう。風が冷たい」
     そう言って、僕は家のほうに歩き出した。 
     ―――――・・・ミ・・・・――――
     海の向こうから声が聞こえたきがする。
     誰かが僕を呼んだ?
     ―――――――――
     振り返ろうとした時
     「カイ!!」
     深織が僕に抱きついてきた。
     「行かないで!!ずーとここにいて」
     え?
     「深織、何言って・・・」
     深織は、いっそう強く抱きついてきた。
     「どこにも行かないでっ!!」
     こんな深織は、初めてだった。
     いつも、明るくてやさしい深織。
     今は、子供みたいに泣きじゃくっている。
     「大丈夫だよ。どこにも行かないから」
     僕はなだめるように、そう言った。
     それでも、深織は僕を抱きしめたままだった。
     「大丈夫。ここにいるから。どこにも行かないよ。どこにも・・・」
     何度も深織に、そう言い聞かせる。
     繰り返し・・・  繰り返し・・・
     気がつくと深織は、僕の腕の中で眠っていた。
     僕は、深織を抱いて家に戻った。
      静かな水の中のような時は、いつまで続くだろう。
     
     
     ――――――
     今夜は、眠れない。
     ザ――ン  ザザッ――ン
     遠くで波の音が聞こえる。
     部屋の中は暗く、何も見えない。
     夜の静寂が辺りを包み込む。
     カタン
     障子戸が開いて、深織が入ってきた。
     深織の手に光るものが見えた。
     「眠れないの?」
     深織が僕に聞いてきた。
     「深織も?」
     僕は聞き返す。
     「うん」
     しばらくの沈黙。
     目が暗闇になれてくる。
     「殺さないの?」
     僕は深織に聞いた。
     深織はたぶん、僕を殺すためにこの部屋に来たんだ。
     深織が驚いた顔を上げる。
     動揺した瞳を僕に向ける。
     そして、静かに銀のナイフを持った手を、振り上げる。
     その手が、震えているのがわかる。
     あの『夢』のように
     ザン
     波の音と同時に、僕に向かってナイフを・・・
     ――――――――――

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  • 【ナイフ】
    文字数:1202文字
     パシャン バシャッ
     遠くで水音が響く。
     深織は毎日、ここにきて泳ぐ。
     午後の日差しは、まだ暖かかった。
     それでも、海の水は冷たい。
     深織は、人魚のように泳ぐ。
     美しく軽やかに・・・・・・。
     僕はそれを、ボーと浜辺で見ていた。
     
     傷はもうすっかり消えていた。
     記憶は戻ってこない。
     深織と静かに暮らす日々が、続いていた。
     あれから、頭痛が時々する。
     そして頭痛とともに、僕を呼ぶ声が聞こえる。
     その向こうに、僕の失った記憶があるんだろうか?
     パシャ   パシャン
     深織の姿が、人魚と重なる。
     そう、あの夢の中の・・・。
     水の中の人魚。
     あの、夢は?
     
     「カイ、何考えてるの?」
     気がつくと、深織が泳ぐのをやめて僕のそばに来ていた。
     「また、人魚の事?」
     深織が髪を拭きながら、隣に座る。
      「違うよ。深織の姿に見とれてた」
     「人魚みたいで?」
     深織にはなんでもお見通しみたいだ。
     「うん」
     深織は、少し悲しげに僕を見る。
     その瞳に何が映っているのか、僕は気づかなかった。
     いつもの深織と違う。
     海が、赤く染まりはじめた。
     日が沈みかけている。
     深織は、海の向こうに視線を変えた。
     しばらく黙ったまま、水平線のかなたを見ている。
     
     日がもう沈んで、辺りが暗くなり始めた。
     「『人魚姫』ってお話知ってる?」
     そう言ってきたのは、深織だった。
     「さあ?どんな話だっけ?」
     そんな話があるのは知っている。
     でもどんな、話だった?
     「あのね。人魚姫が人間の王子様を助けて、恋をするの。
     そして魔法使いに頼んで人間にしてもらって、王子様の元へと行くのだけど、
     王子様は人魚姫のものにはならなくて、王子様を殺せなかった人魚姫は水の泡となって消えるの」
     深織の瞳は、何を見ていたのだろう?
     人魚姫の話をしながら、遠い海を見つめている。
     「それが、何?」
     なぜ、こんな話をするんだろう。
     「カイの見てる夢って、人魚姫に似てるなと思って」
     そういえば、1度目の夢は僕が人魚に助けられる夢。
     次は、魔法使いが出てきた?
     「それじゃあ、僕は王子様ってわけ?」
     深織がプッと吹き出した。
     「クスッ。そんなわけないじゃない」
     あ、やっと元の深織みたいだ。
     「もう寒くなってきたし、家にもどろっ」
     深織が振り向いて言った。
     「そうだね」
     冷たい風が頬にあたる。
     このままが、いいのだろうか?
     
     
     夢を見た―――
     人魚の夢。
     人魚が人間になっている。
     人魚(?)が、僕のベットのわきに立つ。
     手に持っているのは、銀のナイフ?
     その手がゆっくりと、あがる。
     そして、僕に振り落とされて・・・
     ―――――――――――!!
     
     目が覚めた。
     また、人魚の夢?
     なぜ僕が、殺されるんだ?
     まるで『人魚姫』みたいな――
     ――人魚姫――?
     王子様が僕なら・・・
     人魚姫は深織?
     ちがう――
     あれは、人魚姫じゃない。
     深織だった。
     そうだ、深織は僕の・・・
     ―――キィィ――――ン
     !!
     頭痛が、考えをさえぎる。
     何かを思い出しかけてるのに・・・
     ―――・・・・・・サ・・・ミ・・・――――
     誰?
     僕を呼ぶのは――
     意識がゆっくりと沈んでいった。


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  • 【水の中】
    文字数:1120文字
     夢を見た―――
     人魚の夢。
     水の中。
     「ウィザード様。どうかお願いです。」
     ウィザードまほうつかい
     人魚がフードをかぶった人に願っている。
     「よかろう。ただし・・・・・―――」
      コポッ コポポッ
     水が声をさえぎる。
     よく聞こえない。
     ―――――――――――!!
     
     目が覚めた。
     また、人魚の夢?
     一体何なんだ?
     「カイ。おはよう」
     そこにあったのは、深織の顔だ。
     「おはよう、深織」
     「ちょっと、まってってね」
     そう言って深織は、部屋を出て行く。
     
     あれから、しばらく経った。
     傷はもうほとんど消えている。
     けれど、記憶は戻らない。
     自分が誰なのかわからないまま、時だけが過ぎていく。
     
     カタ カタ
     食器の触れ合う音が聞こえてきた。
     部屋の障子戸が開く。
     「はい。朝ごはん、ちゃんと食べてね」
     深織が、いつもどおりに運んできた。
     この家にいるのは、深織と僕だけだった。
     「食べたら、外に行こうよ」
     深織が、ニッコリとそう言った。
     気分転換にそう言ってくれたのだろう。
     「うん」
     ここに来てから、外に出たことはなかった。
     毎夜聞こえる波の音が、近くに海があることを知らせていた。 
     その家のそばに、海はあった。 
     青い空に青い海。
     外の風景は、青 一色だ。
     冷たい風が、海の上を通りすぎる。
      「キャハ。フフッ」
     遠くで深織が、波と戯れている。
     「カイ!早く来て」
     深織が僕のほうに手を振る。
     僕は、深織のいる場所に近づいた。
     バシャン
     深織が、僕に水をかける。
     「やったな」
     僕も、深織に水をかけ返す。
     「キャッ。キャハハ・・・・・」
     「クスス。ハハハッ・・・・・・」
     2人で水をかけあう。
     どれくらい、そうして遊んだのだろう。
     気がつくともう日が、高くなっていた。
     2人とも、ビシャビシャに濡れていた。
     「楽しかったね。カイ」
     砂の上に座りながら、僕のほうを向いてそう言ってきた。
     水がキラキラ光って深織が、とても綺麗に見えた。
     僕はふと思った。
     「人魚みたいだ・・・」
     「え?何が?」
     深織が、聞き返した。
     「えっと。深織に助けられた時、夢を見たんだ。
     人魚が、僕を助けてくれる夢。その人魚に、似てるなと思って」
      「私、そんなに綺麗?」
     深織はクスクス笑って、僕の話を聞いている。
     「綺麗だよ」
     「え?」
     深織の頬が赤くなる。
     こんな時の深織は、かわいい。
     「だまったままならね」
     僕は、いたずらっぽく言った。
     「もう!いじわるね」
     すこしふくれて深織は、僕をポカポカたたいた。
     「クス クス」
     僕は笑って、深織を見ていた。
     このまま、深織といられたらどんなにいいだろう。
     ―――キィィ――――ン
     !!
     頭が割れるようにいたい。
     頭を抱えてうずくまる。
     「カイ?どうしたの?」
     深織の心配そうな声が、遠くで聞こえる。
     「カイ! カイ!!」
     ――― ・ ・ ・ ミ ・ ・ ・―――
     深織の声と混ざって、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。


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