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文字数:1147文字
ナイフは僕にはあたらなかった。
「行かないでほしかった」
深織が泣いているのかと思った。
「どこにも行かないって言っただろ」
顔を上げた深織は泣いてなかった。
「戻っていいよ」
一瞬、深織が遠くに見えた。
「深織?」
行かないって言っているのに。
「気がついてるんでしょ?」
僕の目をそらさずに、じっと見つめる。
「何を?」
深織の言っていることがわからない・・・
―――キィィ――――ン
頭が、痛む。
なんでこんなときに・・・
「ほら、呼んでる」
誰が?
――――――マ・・・・・・ミ・・・・・・――――
人の声?
「聞こえるでしょ?」
―――― マ ・ サ ・ ミ ――――――
まさみ?
「誰のこと?知らない」
誰の名前?
「思い出したくないの?」
記憶の中に、そんな名前があったような・・・。
「あなたの名前よ」
え?
私の?
――――――――――!!
・ ・ ・
わたし?
「王子様のふりをする必要なんかないのよ」
深織は静かに私を見つめる。
「だって、あなたは女の子だから」
あ・・・
記憶が、つながる。
私は記憶を失っていたんじゃなくて、消していたんだ。
そして深織は、私の――
「もう大丈夫でしょ?」
深織が笑って、そう言った。
深織は、最初から知っていた?
涙の雫が落ちる。
「深織、ごめん・・・」
私は、戻らなきゃいけない。
ゆっくりと進む時が、ずーと続けばよかったのかもしれない。
「うん。わかってる」
深織の姿がかすむ。
静かな時は、これでおしまい。
「でも、私がいなくなったら、ここは?」
深織は、わかっているの?
身体が、水の中のように重くなる。
「ここは、最初からあるはずのない世界だったのよ」
少し悲しげに答える深織。
記憶が元に戻った私はもう、ここにいることは出来ない。
「バイバイ、深織。楽しかった」
ゆっくりと身体が沈んでゆく。
深織の姿が、水の泡になって溶けてゆく。
そう、まるで『人魚姫』のように・・・。
コポ コポポッ
水の音が響く。
―――――― バイバイ カイ ―――
魔法が解ける。
『記憶と引き換えに、永遠の夢 を見せてあげよう
ただし・・・・・―――
記憶が戻れば、すべてが元に戻ってしまう』
――――――――――!!
目が覚めた。
誰かが、私を覗きこんでいる。
「雅深 !!目が覚めたの」
私の名前を叫んでいるのは?
「お母さん?」
なんだか懐かしい声。
ここは?
白い天井が見える。
あたりを見まわしてみる。
壁も白い。
病院?
「私、何でこんなところに?」
「崖から落ちたのよ。覚えてる?」
崖?
そういえば・・
「あなた、3ヶ月も眠っていたのよ」
3ヶ月?
そんなに・・・。
なんだか長い夢を見てたような?
「 医師 を呼んでくるから待っててね」
お母さんは病室から出ていった。
開いた窓から、波の音が聞こえる。
―――――ザア――ン ザザッン ――――――
どうしてだろう?
波の音が懐かしい。
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